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    ところが驚いたことにはこの男は、房一があらゆる初対面でやる鹿爪らしい挨拶の文句を今やはじめようとしたときに、いきなり前に立ちはだかるやうに、と云ふより、殆ど気づまりのするほど真正面に近々と顔をよせて、おまけに露骨に房一の顔を見入りながら、

    この云ひ分はいつでも何かあるごとに、練吉の口に上つた。正文の前でも云つた。何年かの間繰り返された練吉の云ひ分だづた。

    「やあ、君か」

    と、鬼倉は意外に思つたらしい。小首をかしげていたが、

    房一が入つて来るのを見たとき、練吉の顔には意外だといふ表情が浮かんだ。彼は房一の眼を迎へようとして一層高く頭を持上げたが、房一は気づかなかつたので、やがて、練吉はわざわざ座を立つて近づいて来た。

    「いや、もう御免蒙つて脱いで行かう」

    その「含有量」といふ言葉は富田が昨日聞き覚えたばかりのものだつた。

    「あ、さうでしたな。一つ診ていたゞきませう」

    と、急に練吉が小耳にはさんで云つたのは、多分黙つて他のことを考へていたのだらう。

    「あゝ、さうだつた。なあんだ!」

    と云つた。

    彼は先だつて房一から全快祝ひに贈られたセルの上下を、仕立下したばかりのものを着こんでいた。夏からふた月あまり寝こんだとは云へ、日焼けの浸みこんだ黒い皮膚の色は容易にとれないと見えて、今もそれが真新しいセルの、明い地色と際立つた対照をなしていた。

    「――さうだな」

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